編集日録 2002年

2002年12月10日(火)

ウート・ウーギ盤 入手記

日本国内では1993年に発売されたウーギ盤,現在,国内は廃盤,欧米のサイトでも見つけることが出来ませんでしたが,先日,幸運にも入手することが出来ました。 入手に際して大変お世話になった方々へのお礼も兼ねて,入手経緯を掲載したいと思います。

発端は,偶然にも発見した韓国のオンラインCDショップです。 (ウーギ盤が掲載されていたこのページは現在アクセス出来ないみたいです。2002/12/10現在,こちらには表示されます)。 Google検索で見つけたこのサイトですが,ハングル文字がずらりと並んでおり,わずかな英語表記を頼りに解読しようと思ったのですが断念しました。

かねてからウーギ盤を探しておられたK.N.氏に「韓国サイトで見つけたが,ハングル語で手も足も出ません」と連絡したところ, K.N.氏のご友人に韓国人の方がおられるということで,そのご友人に聞いてみるとのことでした。 その結果,そのオンラインCDショップは英語ページもなく,韓国内限定とのことでした。 そこまでメールを読んで落胆しかけたのですが, その後に,韓国のご友人の奥様が韓国に住んでおられ,韓国で購入して日本に送ってもよいとの話が書いてあり, 私の分を含めて2セットすでに依頼した,とありました。

そして,先日,無事1セットがK.N.氏の手許に届き,それをそのまま私に送って下さいました。 今回,K.N.氏と韓国のご友人のご協力がなければ入手することが出来ませんでした。 改めてお礼を申し上げます。

さて,このウーギ盤,Made in Korea とありますので韓国製であることは間違いないようです。 韓国内では現役盤かもしれません(ケース裏に Feb. 18, 2002,という日付の記載があります)。 旅行などされた際にCDショップを覗くと見つけることができるかもしれません。 なお,韓国製ということで,ハングル文字がたくさん並んだ解説書を期待していたのですが,残念ながら英語のみでした。

2002年11月 1日(金)

エネスコ「La Voce盤」と「IDIS盤」の音質差について

エネスコのLa Voce - Ton Rede盤(以降La Voce盤と呼ぶ)とIDIS盤とでは, 演奏そのものは同一ですが,一聴してその音質差がわかると入手記に書きました。 La Voce盤は(米)コンチネンタルのLPレコードから復刻したもの,IDIS盤も原盤はわかりませんがLPレコードから復刻したもと思われます。 その音質差についてもう少し詳細に説明したいと思います。

まず信号上の特徴ですが,La Voce盤はステレオのカートリッジを用いて再生したようで,楽器音そのものはかなりモノラルに近いものの, スクラッチノイズは左右チャンネルでほぼ無相関に近い感じで現れます。 一方,IDIS盤はわずかに左右チャンネルで違いがあるものの,ノイズ成分含めて本当のモノラルに近くなっています。

次に聴感上の差異ですが,La Voce盤は「プチプチ」というスクラッチノイズや「サー」というノイズが多く,一瞬あれっと思いますが, 古いLPレコードを再生したときのイメージがそのまま再現されている感じであり,楽器音も自然です。 一方,IDIS盤はスクラッチノイズこそほとんどありませんが,こもった感じが強く,また,音の歪み感も大きく,非常に圧迫された感じがします。 当然楽器音も自然ではありません。


(a) La Voce盤


(b) IDIS盤

図4 スペクトラムのピークホールド結果
(Partita No.2 Chaconne全体)

図4に,パルティータ第二番第五楽章シャコンヌの全曲にわたってFFT分析を行い,スペクトラムのピーク値をホールドした結果を示します。 図から明らかなように,La Voce盤は高域までなだらかに成分を持っているのに対し,IDIS盤は7-8kHzくらいから急速に成分がなくなっています。 IDIS盤の方は,フィルタによって意図的に高域を落としているように思われます。 その結果,スクラッチノイズ等はほとんど目立たなくなりますが,これによってこもって圧迫感が出てしまっていると思います。 もっとも,実際の聴感では,単に帯域が制限されているという以上のクオリティの差を感じますので, 元々の音があまりにひどくてフィルタをかけなければもっと聴くに耐えない音だったのかもしれません。

上記の分析からも明らかなように,La Voce盤とIDIS盤では音質に雲泥の差があります。 特に高域がそぎ落とされると細かいニュアンスまで損なわれてしまいますので,その分やはりエネスコの芸術性から遠ざかってしまうと思います。 (私がIDIS盤でエネスコの演奏を理解出来なかったのも,少しはご理解いただけると思います)

エネスコを聴くなら,やはり,ぜひLa Voce盤を入手していただきたい,と思います。 そのためにも,安定供給を!とラ・ヴォーチェ京都のご主人にお願いしたいところです。

なお,蛇足ですが,同じ演奏でありながら実際にCDに記録されている時間に若干の差異があります。 例えば,シャコンヌですが,波形レベルで実演奏時間を比べてみると,La Voce盤が13分42秒,IDIS盤が13分58秒で,約16秒の差があります。 たいして差ではないように思えますが,ピッチに約2%の差が出ます。 例えば440Hzなら,約8Hzの差となり,これは無視できません。 聴感上も確かにピッチの差を感じます。 ちょっとLa Voce盤の方が高くなってしまっているかもしれません。 解説書の収録時間と差が少ないのもIDIS盤の方ですので。

2002年10月23日(水)

エネスコ "La Voce - Ton Rede"盤 入手記


La Voce - Ton Rede
CCD104/5
エネスコ盤には,私の所有しているIDIS盤の他に,フィリップス盤,Classica D'Oro盤等あることを何となく知っていたのですが, 「クラシックCDの名盤」(宇野功芳,中野雄,福島章恭共著:文春新書)を本屋で立ち読みしていると, その中で中野氏が「オリジナル初期盤の所有者が「九五点以上の出来」と太鼓判を捺した復刻LPとCDが国内で発売された。」とコラムで書かれており,他に音質の良い盤があることを知りました。 私はIDIS盤を聴いてあまりよい印象を持っていなかったのですが,様々な方がエネスコの演奏を高く評価されており, 私は悪い録音のために不当に低く評価しているのではないかと心配になったため,ぜひともこのCDを入手して聴いてみたいと思い,探してみることにしました。 そして,幸運にも,このCDを前記の中野氏が絶賛したそのものであることを確認した上で入手することが出来ました。これに関して簡単にレポートしたいと思います。 (なお,この本は後日買いました。念のため)

上記の立ち読みから帰宅後,K.N.氏なら何か情報をお持ちではないかと思い,「ご存じありませんか」とメールで問い合わせました。 K.N.氏は本に記載されている"La Voce..."は,CDショップのラ・ヴォーチェ京都と何か関係あるのではないかとピンときたらしく,早速ラ・ヴォーチェ京都に電話されたところ, "La Voce - Ton Rede"盤はラ・ヴォーチェ京都がコンチネンタル盤から復刻したCDであり,「自分のところのものが中野さんが宇野さんの本の中で紹介してくれた分ですよ」とご主人から話が聞けたとのことでした。 さらに,最後の一枚在庫があるということで,取り置きしてもらった上で私にご連絡いただきました。そしてラ・ヴォーチェ京都よりこのCDを無事入手することが出来ました。

確かに,IDIS盤とは一聴して音質の差がわかりました。音質に関しては後日別途報告したいと思います。 現在のこのCDのavailabilityがどのくらいかよくわかりませんが,この貴重なCDを素性を知った上で入手できたことを大変うれしく思っています。 CDには"La Voce - Ton Rede"等の記載が一切なく,今回このように入手しなければ,本に記載されているCDと同じものであるということがわからなかったと思います。 CDの調査およびCDの確保までして下さったK.N.氏,最後の一枚を惜しむことなく売って下さったラ・ヴォーチェ京都のご主人に感謝します。

2002年10月25日(金)

シゲティ盤の録音年に関する追加情報(K.N.さんからの情報)

K.N.さんから追加で情報をいただいています。

シゲティ盤の録音年に関しては、海外のカタログを調べても、録音年は載せていないものも多いのですが、その中で権威ある「Gramophone Classical Catalog」の2002年度版のp.264に、はっきりと(r1955-1956)と示されています。 「r」は録音年の意味です。 これは輸入盤の詳細なデータの年号と一致するもので、日本盤で長年使われてきたデータはメーカーによる誤記である可能性が高いように思われます。
(2002/10/08 K.N.さんのメールより引用)

2002年10月16日(水)

オイストラフ盤の疑似ステレオ処理について

オイストラフ盤の感想で疑似ステレオ処理がなされているということを掲載しましたが,FFT分析結果からその処理内容を推定しましたので報告したいと思います。 図2に,ソナタ第一番第二楽章フーガの全曲にわたってFFT分析を行い,スペクトラムのピーク値をホールドした結果を示します。


(a) Lch


(b) Rch

図2 スペクトラムのピークホールド結果
(Sonata No.1 Fuga全体)

(a)Lchと(b)Rchに共通しているのは,周波数特性上に大きな山谷が現れていることですが,LchとRchの山谷の位置がちょうど互い違いになっているのが特徴です。 同じ周波数で比較して,山と谷の差がグラフ上でも30dBはあります。 また,200Hz以下の低域では山谷がありません。 200Hzより高い周波数帯域においては,グラフを重ね合わせてカーブがクロスするところは別にして,周波数帯域毎に音響成分が左右チャンネルに振り分けられていることがわかります。

このように左右チャンネルの持つ周波数成分の多くが異なるため,左右チャンネルの相関がモノラル信号に比べて極端に低くなっていると考えられます。 それぞれのチャンネルを個別に聴くと,単にある周波数帯域の成分が抜けているだけなので,多少の音色の差があるものの,それほど異なって聞こえません。 しかし,これをヘッドホンでそれぞれの耳に個別に入れると,相関が低いために,全く関係のない音声をそれぞれ聴いているような違和感に襲われるのだと想像されます。

次に,どのような処理をすればこのような特性が得られるのか,について述べます。 ただし,残念ながら処理された結果のみから処理内容を完全に解析するのは困難ですので,あくまでも推定ということでご了解願います。

図2のような山谷のある特性は,原信号を,ある位相回転特性を持ったオールパスフィルタ(振幅が変化しないフィルタ)に通し,その出力信号を原信号に加算することで得ることができます。 原信号と前記フィルタの出力の位相差がゼロ度となる周波数成分はちょうど2倍の振幅(+6dB)に,位相差が180度となる周波数成分は打ち消しあって成分がなくなります。 原信号に対して減算すれば,強め合う周波数と打ち消し合う周波数の関係が逆転し,図2のような互い違いに山谷が現れる特性となります。


(a) 処理ブロック推定図


(b) 帯域制限・位相回転フィルタ
推定特性図(イメージ図)

図3 疑似ステレオ化処理推定図

この処理をブロック図で示すと図3(a)のような構成となります。 フィルタ特性は,例えば図3(b)のような特性ではないかと考えられます。 図3(b)で低域をカットしているのは,低域をカットしないで原信号との加算/減算を行うと,どちらかのチャンネルの低域成分が著しく低下してしまうので,これを避けるためです。 先ほどヘッドホン聴取で違和感があるのは相関が低いため,と書きましたが,上記のように左右チャンネルに逆位相の信号を入れますので,この逆位相感によるものかもしれません。 なお,低域は加減算の帯域に含まれませんので,全体の周波数成分のバランスを補正するため,最終の出力段でイコライジングが必要かもしれません。 また,フィルタそのものに関する知識があまりないため,このようなフィルタをどのように構成すればよいかは今ひとつわかっていません。

疑似ステレオ処理では,ブライトクランク方式などがフルトヴェングラーの録音等で行われていたそうです。 ブライトクランク方式との関連は残念ながらわかりません。 機会があれば,方式が明記されたCDを解析してみたいと思います。

上記のような処理を施された録音は,スピーカでの聴取においては適度な広がり感が得られ,それ程違和感がありません。 しかし,ヘッドホンなど様々な聴取形態を考えると,このような音響処理はリスナー側がそれぞれの聴取環境に応じて処理すべきものであり,リスナーに供給される音源はできるだけオリジナルに近い状態であって欲しいというのが私の希望です。

2002年10月10日(木)

リッチ全集盤(MCA)と選集盤(MCA)の差異について

ルジェーロ・リッチの全集盤選集盤は演奏としては全く同じに聞こえるのですが,音質が異なるため,その差異について少し調べてみました。

まず同一演奏かという点に関し,聴感だけでなく波形レベルで比較し,その類似性を確認しましたので,同一演奏であることはほぼ間違いありません。

全集盤は1992年頃の発売,選集盤は1996年頃の発売と思われます。 全集盤はA/D変換にSony PCM 1630 digital processerを用いたと書かれています。 リマスタリング・エンジニアはRobert Stroughtonという人です。 一方選集盤はA/D変換をMCA Music Media Studiosで行ったと書かれています。リマスタリング・エンジニアはMarcus Herzogというハンブルグの人です。 マスターテープは同一かもしれませんが,全く違う環境でリマスタリングされており,音質が異なるのもそれぞれの考えによって音作りがなされているためと思います。

聴感上の印象では,全集盤はノイズ感が少なくすっきりとして聴きやすいですが,今ひとつ物足りなさがあります。 選集盤は"サー"というノイズが耳につき,ざらついた感じがする一方,音場感が豊かで,ある種のリアルさを感じます。 最初は全集盤の方がよい音質と感じましたが,何度も聴いていると選集盤のリアルさが好ましく思えるようになってきました。

音質差を定量的に評価したいと思い,一つの試みとして,それぞれの信号のFFT分析を行ってみました。 その結果を図1に示します。 図1の分析は曲の先頭から順次ある時間窓で信号を切り出してFFT分析を行い,そのピークホールド値を示したものです。 (本FFT分析には"FFT Wave"(E.N.Software)というソフトウェアを使用しました。)

図1から,全集盤には楽器音以外の不要なノイズ成分をカットするためのフィルタ処理がなされていることがわかります。 ただし,高域側は20kHzでカットされていますので,これはA/D変換時の折り返し歪を避けるためのアンチエリアジングフィルタであると思われます。 一方選集盤はサンプリング定理の理論限界ぎりぎり(22.05kHz)まで成分があります。 (アンチエリアジングフィルタが用いられているか疑問ですが,近年の録音はこのようにぎりぎりまで帯域を延ばしたものがほとんどのようです)。 しかし,この録音の場合,20kHz以上はどうやらバックグラウンドノイズ成分が支配的のようですので,音質に大きく影響していることはないと思います。

低域に関しては,全集盤は約200Hz以下がカットされています。 低域成分は楽音とは直接関係はありませんが,場の雰囲気を再現するための重要な成分であることが経験上わかっていますので,選集盤の方がリアルな感じがするのは,この低域成分の有無が多少なりとも関係していると思います。

選集盤の"サー"というノイズに関しては,楽器音の帯域に被っているはずなので,なぜここまで差がでるのかよくわかりません。 選集盤の方が多少中高域が強調されたように感じますので,そのためかもしれませんし,単にマスターテープ再生機器の特性かもしれません。 このあたりは残念ながらFFTでは掴みきれません。


(a) 全集盤


(b) 選集盤

図1 スペクトラムのピークホールド結果
(Partita No.3 Prelude L-Channel 全体)

(a) 全集盤
カットオフ周波数約200Hzのハイパスフィルタによって低域成分が,また, カットオフ周波数約20kHzのローパスフィルタによって高域成分が,それぞれカットされていると思われます。

(b) 選集盤
低域,高域ともにフィルタがかけられておらず,ノイズ成分がそのまま残っています。 高域側はサンプリング定理の理論限界ぎりぎりまで成分があります。

その他には,各曲の前後の処理の差があります(特に終わり部分の処理)。 全集盤は楽器音が消えた後,響きが消えきらないうちに即座にフェードアウトしており,尻切れのような感じがあります。 選集盤は響きがバックグラウンドノイズに埋もれるまで十分長さを取っていますし,そもそもフェードアウト処理がなされていません。 CDのトラック時間が選集盤の方が総じて4〜6秒程度長いのは,このためだと思われます。

以上のように,同一演奏でありながら音質がかなり異なります。 どちらが良いかは好みによると思います。 私はどちらかといえば選集盤の録音が好みなので,これが全集盤でないのが少々残念です。 (CDにシリーズのカタログが付属していましたが,これにはこの選集盤しか載っていませんでした)

2002年10月 6日(日)

シゲティ盤の録音年に関する疑問

K.N.さんより寄せられたシゲティ盤に関する疑問について掲載します。

まず,K.N.さんが所有されている輸入盤での記述です。

CD情報米Vanguard Classics OVC8021-22
Digital Remastering: David Baker,
Compilation (P)&(C)1991 Omega Record Group, Inc.
録音場所CBS Recording Studio, 30th Street, NYC
録音年月
SonatasOct 17, 18, 1955
Partita No.1July, 1955
Partita No.2Oct 18, 20, 1955
Partita No.3March 2, 1956

一方,レコード芸術付録の「レコードイヤーブック」によると,国内盤では以下の記述となっているとのことです。(2002年のデータはCDに記載のデータ)

1978/10LP 3枚組「シゲティがモノ後期に米ヴァンガードに録音した全集」という説明
1982/01LP 3枚組「名奏者シゲティがモノ後期,50年代中ごろ?録音した貴重な記録」という説明
1984/11LP 3枚組「1959年6月〜1960年4月」という録音年の記述あり,ここで初めて録音年が明記
1985/04LP 3枚組「1959年6月〜1960年4月」のデータを踏襲
1987/06CD 3枚組「1959年6月〜1960年4月」のデータを踏襲
1991/06CD 2枚組「1959年6月〜1960年4月」のデータを踏襲
1995/11CD 2枚組「1959年6月〜1960年4月」のデータを踏襲
1998/02CD 2枚組「1959年6月〜1960年4月」のデータを踏襲
2002/09CD 2枚組「1959年6月〜1960年4月」のデータを踏襲

発売当初は1950年中頃の記述であったものが,1984年発売のものから今の録音年になっているようです。

また,以下の書籍においても「1959年〜1960年」の録音とされているそうです。 ただ,これらについてはCDにそのように記載されているためであると思われます。

シゲティが二回録音したという話は聞いたことがありませんので同一の演奏と思われます。 私の所有するCDにも確かに1959年6月〜1960年4月と記載されています(録音場所等の記述はありません)。 しかし,この当時はモノラル録音からステレオ録音への過渡期であり,音質もそれなりに悪くないと思うのですが,シゲティ盤はその感覚からすると,ちょっと音質が落ちるように思います。 輸入盤の録音年の記述が正しく,国内盤の記述が間違っているのではないかと思われますが,いかがでしょうか。